政治家

【家系図】河野太郎は父も祖父も副総理!家族構成が超豪華でやばい!

河野太郎の家系図

総裁選に出馬している行政改革担当大臣・ワクチン担当大臣の河野太郎さん。

以前は防衛大臣や外務大臣を務めていました。

そんな河野さんの父や祖父も政治家で重要なポストに就いており、家族が豪華だと話題になっています。

河野さんの父や祖父について詳しく調べてみました。

また、弟や母親の実家などについても紹介します。

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【家系図】河野太郎の家族構成

河野太郎の家系図

まずこちらが河野太郎さんの家系図。

お父さんもおじいちゃんもなんと元副総理です。

母方の家系もあの『伊藤忠商事』と『丸紅』の基礎を築いているので、とんでもない家系図であることがわかりますね。

血が強すぎます…!

ではこれから詳細を紹介していきます!

河野太郎の父親|河野洋平は元副総理!

河野太郎の家系画像引用:https://color-creation.jp/

河野太郎さんの父は、元副総理の河野洋平さんです。

洋平さんは早稲田大学経営学部出身で、陸上の長距離選手でした。箱根駅伝でも活躍して、総合優勝した選手でもあったそうですよ!

また丸紅飯田社員やニチリョウ社長、日本陸上連盟会長も務めています。

大臣秘書官を経て1932年、衆議院議員となりましたが、田中角栄首相の政治を批判し自民党を離れ、新自由クラブを結成しました。

画像引用:https://www.dailyshincho.jp

その後、自民党に復帰し、2003年から2009年まで日本の憲政史上で最も長く議長を務めます。

洋平さんは野党だった時の自民党の総裁も務め、自社さで与党に復帰した村山内閣で、

  • 副総理
  • 外務大臣
  • 化学技術庁長官
  • 内閣官房長官

などに就任しました。

小渕派から首相就任を阻まれ、洋平さんは所属している宮沢派をまとめることができなかったために総裁選の出馬を諦めています。

洋平さんは日ごろから

「総理を目指すのではなくて、なすべき政治をするのが政治家の本文」

と話していたそうなので、総理は目指していなかったのでしょうね。

しかし1976年から重い肝機能障害となり、肝硬変やC型肝炎の症状も悪化します。

2002年に息子の太郎さんが肝臓ドナーになって、16時間にも及ぶ生体肝移植の手術を受けました。

太郎さんが言うには、「父は免疫抑制剤を飲みながら、手術後から今日まで痛みはないと強がっている」とのこと。

太郎さんもドナーになって、腹筋がよくつるそうですが肝機能には異常がないそうです。

河野太郎の父親の現在について

河野太郎さんの父親は、肝機能障害となりましたが、今は回復しているようです。

手術などの治療を行ったおかげでしょうね。

2019年のインタビューでは、政界を引退して、母校である早稲田大学で講義をしているとのこと。

2017年には、太郎さんのInstagramに登場しています。

河野太郎の家系画像引用:Instagram

父・洋平さんの80歳の誕生日を祝ったそうです。

元気に暮らしているようですね。

河野太郎の祖父|河野一郎も元副総理!

河野太郎の家系

河野太郎さんの祖父河野一郎さんは昭和中期に活躍し、副総理を務めました。

一郎さんの曾祖母は二宮金次郎の妻の妹で、祖父は二宮金次郎とともに方々を歩いて、貯金して土地を買うように教えられたのだそうです。

そうして一郎さんの祖父は近所の土地を買い、大地主になったといいます。

一郎さんの父・治平さんが県議会議長を務めていたため、地元の神奈川でかなりの影響力があり、神奈川県は『河野王国』と言われていたそうですよ。

また一郎さんは、朝日新聞の記者・農相秘書官を務め、衆議院議員となりました。

戦時中は立憲政友会として活動し、戦後は自由党結成に参加し幹事長となります。

しかし公職追放となり、日魯漁業社長を一時務めました。

公職追放が解除となった後に吉田首相の退陣を要求。その後、日本自由党を結成して幹事長となりますが、自由民主党と合流し総務・農相に就きました。

河野太郎の家系図

岸内閣の経企庁や池田内閣の東京五輪担当大臣、建設大臣なども務めています。

自民党総務会長などもしており、河野派を率いて党人派の実力者として活躍し、67歳で亡くなりました。

凄い経歴の持ち主ですね…!

ちなみに、大河ドラマの『いだてん』のTwitterで新登場の人物として、桐谷健太さんが演じる一郎さんが紹介されました。

河野太郎の家系図

孫の太郎さんがそのツイートを引用リツイートして「おじいちゃん」とコメントしていましたね。

河野さんもドラマ見たのかな?

総理大臣になる機会は2回あった?

河野太郎さんの祖父の一郎さんは、総理大臣になれる機会が2回あったと言われています。

一回目は、1959年の岸信介内閣時代です。

党内での対立に苦しんだ岸首相は、大野伴陸さんと一郎さんたちの協力を受けるために、大野さん、一郎さん、佐藤栄作さんの順に総裁を回すという約束をします。

しかし、その約束は守られることはありませんでした。

二回目は、1964年、池田勇人首相が病気で辞意を表明したときです。

その時副総理を務めていた一郎さんは、総理大臣になれると期待したのですが、池田さんは佐藤さんを後継に指名し、一郎さんは急死してしまいました。

一郎さんは筋や持論を曲げない性格だったそうなので、自民党での対立もあり、就任を阻まれたようですね。

河野太郎の弟|河野次郎は日本端子の社長!

河野太郎の家系

河野太郎さんの弟の河野次郎さんは、日本端子の社長です。

日本端子という会社は、1960年に1億円の資本金で創業され、端子やコネクタなどの製造を行っています。

従業員は440名おり、香港や北京に関連会社を持っている大きな企業です。

弟は経営者として活躍しているようですね。

河野太郎の母親|武子の実家は伊藤忠の創業者!

河野太郎の家系

河野太郎さんの母親・武子さんの実家は、伊藤忠商事と丸紅の創業者なのだそうです。

『伊藤忠商事』も『丸紅』も、超有名な商社ですね。

母方の曽祖父で創業者の伊藤忠兵衛さんは、初代伊藤忠兵衛さんの次男として生まれます。

兄が幼い頃に亡くなったため、初代忠兵衛さんの創業した呉服店を継ぎ、伊藤忠商事や丸紅を創業しました。

母の曾祖父の忠兵衛さんは、教育にも熱心で徳育と体育、知育のバランスが良い教育を目標にし、財団法人の甲南学園理事もしていたとのことです。

教育者としても経営者としても凄い方のようですね!

祖父は紡績社長!

河野太郎さんの母方の祖父・伊藤恭一さんは東洋紡績の副社長、会長を務めました。

恭一さんは大建産業に入社し、その後呉羽紡績で取締役を務めます。

呉羽紡績が東洋紡績に吸収されると、副社長になり、会長・相談役に就任したといいます。

呉羽紡績はエルサルバトルにも工場を立て、恭一さんは日本の東洋紡績とエルサルバトルの工場との関係を強めることに尽力しました。

エルサルバトルの繊維事業などに協力した恭一さんは、大阪駐在名誉領事となっているそうです。

母方も素晴らしい家柄ですね。

まとめ|【家系図】河野太郎は父も祖父も副総理!家族構成が超豪華でやばい!

河野太郎の家系画像引用:https://www.tokyo-np.co.jp/

河野太郎さんの家系についてまとめました。

簡単なまとめがこちらです。

  • 父・河野洋平は元副総理で外務大臣、官房長官などに就任
  • 祖父・河野一郎は元副総理で五輪担当大臣などを務める
  • 弟・河野次郎は日本端子の社長
  • 母の実家は伊藤忠商事、丸紅の創業者

河野さんの今後に注目ですね。

最後までご覧いただき、ありがとうございました!

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